スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

亡骸

1月31日深夜、コミティアに向けてシールを切っていました。
その時、眼鏡の左端に何か一部が白いものが動いてるのが見えました。
しかしその時はとても急いでいて、振り向きはしましたが、怖くはありませんでした。

そして数分後、お父さんからじいちゃんが亡くなったことを伝えられました。
じいちゃんは苦しみなく亡くなっていったらしいです。
じいちゃんは死んだ時に会いに来てくれたのでした。

後日お通夜に行き、じいちゃんの写真を見ました。
その写真は、じいちゃんが選んだ写真と聞きました。
自分が小さい頃見たじいちゃんの笑顔でした。

次の日、火葬場に行きました。
小さい頃ひいばあちゃんの火葬もそこでしたので、よく覚えてます。
自分にとって、二回目の場所でした。
じいちゃんの顔を見せてもらったら、寝ているみたいでした。
白い棺の中で、安らかな表情で眠っていました。

一度動画サイトで「演習中の戦闘機が観客席に落下して大量に人が死ぬ」という動画を見ました。
事故後何か落ちてると思ったら、それは人間の体でした。
死んだ人間の体は、まるで物のようでした。
しかし亡骸はまるで寝ているようで、それはまた会えるように感じました。
骨になった時、それを物だと認識しました。
そこで、初めて死を受け入れました。

それからお葬式をやりました。
そこで、お父さんが泣いてるとこを初めて見ました。
親が亡くなってしまうことは、今まで育ててもらった思い出の全てを心の中だけのものにしてしまうことだと感じました。
その後ろ姿を見て自分も泣きました。
スポンサーサイト

SweetieMale

※この記事は、MtFの人を傷つけてしまうかもしれません…。
ですが、自分はMtFの方も平等な立場としてみているので、ご了承ください。


自分は、今まで性別について何年間も悩んできました。
それは、昔から可愛い可愛いと言われて育ってきてしまったため、自分が男らしくあることがとても嫌になってしまったからです。
(この記事はすうぃめるの記事なので、自分の過去のことはひとつ前の記事を見て下さい! http://sisyamo9.blog.fc2.com/blog-entry-35.html )
(それと、ボクって一人称にするの、完全に忘れてました。)

自分は去年、あるオンラインゲームにはまってしまいました。
そこで、自分のこれからの運命を変えるような出会いがありました。
その人たちはMtFの人や女装をする人でした。
自分は本当に驚きました。
そこで初めてMtFのことを調べ、自分もMtFだったんだと思いました。
(前の記事にも書きましたが、自分は性同一性障害ではないのかなと家族には話してありましたが今まで忘れてました。)
ホルモンや手術のことも考えていました。
男の子なのに女の子になりたいというところが似ていたからです。

ですが、弟に「自分自身に嘘をついてるように感じる」と言われました。
そうだったのでした。
自分は、言葉の持つちからに操られてしまい、言葉と同化しそうになっていたのです。
本当の自分はMtFではなく、ただ男らしくなりたくなく可愛いと言われたいだけでした。

本当の自分を見つけることができたと同時に、同じ気持ちで苦しんでる人がたくさんいると思いました。
言葉のちからに操られず本当の気持ちを自由にしてあげるためには、言葉が必要なのだと感じました。

また、女装をしてる人に「どうして女装するの?」と聞くと、「可愛くなりたいから」と「性的に女の子になりたいから」の二つに分かれてることに気づきました。
可愛くなりたいから女装する という言葉を聞いて、今の世界では可愛くなるには女装をするしかないという気持ちを強く感じてしまい、とても悲しくなりました。
そして、その気持ちを救ってあげたいという気持ちが強く発生しました。

そこで「性的なこと無しに純粋に可愛くなりたい男の子」のことを、「SweeteiMale(すうぃめる)」と呼ぶことにしました。
この言葉こそ、自分が生きて感じてきた悩みを全てゆだねることのできる救いの言葉なのだと感じました。

まだ生まれたばかりの言葉なので認知度は低いですが、この言葉で同じ悩みを持つ人を救えることを、心より願っています。

ボクは女の子?

この記事は、自分のもやもやしてる内面を纏めるために書いています。また、自分の気持ちを理解してくれる人へ書いています。

最近、自分 を止めて ボクにすることを心がけてます。(ボクの方が純粋そうなので)

先日、ask.fmに「ぽぴおさんのいう「可愛い」とはなんですか?」という質問がきました。
ボクは可愛い男子をテーマに描いてるのに、実際のところボクがイメージしてる「可愛い」というものがはっきりしていませんでした。
「女の子しか表現できない可愛さ」というあいまいなイメージを答えようとしていましたが、なかなか言葉にできず一般的な可愛さを答えました。
女の子ができる可愛いが羨ましくて、それを男の子ができるように可愛い男の子を描いているので、描いてる対象が掴みにくいのだと思います。

ボクは昔、女の子向けが嫌いでした。可愛い物って全然面白くないじゃないですか。
小さい頃は普通の男の子で、たくさん遊びまわってました。ごく普通の男の子でした。
普通の男の子と違うところは、よく可愛いと言われるところでした。

中学生になるときに学生服を買ってもらったのですが、着るのが嫌でした。初めて着る時も、素直に喜べませんでした。大人になってしまうのと、男ということを証明してしまうからだったと思います。
中学生の時もよく可愛いと言われました。
○○ちゃん(あだ名)は特別こっち(女の子グループ)だよ!と言われることもよくありました。
そして、たくさん可愛いと言われたいのでぶりっ子でした。

高校生になり、twitterを始めました。そしてtwitterで好きな人ができました。
その人はとても可愛い物が好きで、自分もその人が好きな物が好きなので可愛い物が好きになりました。(その女の子とは時間とともに距離が離れました)
また、インターネットで「女の子だと思ってた」と言われることがとても好きでした。可愛く思われてる!と感じたからです。

ある日、放浪息子というアニメを見ました。女の子になりたい男の子の話です。
ボクはそのアニメを見て、ボクと主人公の気持ちが全く一緒なことに気づきました。
ボクの心は、女の子なんじゃないのかな?と思うようになりました。
今まで「ボクの本当の心=女の子」という発想が一度もなかったので、思い返してみると思い当たる節がたくさんありました。

男らしい ということが嫌いですし、男の子を好きになることもあります。名前に君を付けられるのも嫌ですし、男として扱われるのも嫌です。俺なんて一度も呼称したことがありません。(ボクや自分は両性的なので使ってます。)

女の子になりたいのではなくてただ可愛くなりたいだけかもしれません。
ですが、ボクが女の子だったら、今よりどれだけ自由に生きられたかと思います。

カラス

今日、カラスを轢き殺してしまいました。

車で走っていると、翼を広げたら1メートルくらいの大きさのカラスが道路に降りてきました。
避けると思ってスピードを緩めることを忘れていました。
そしたら、車の左の前輪の方からドン とゴン が合わさったような音が聞こえました。
あっ!!と思ってバックミラーを見ると、黒い塊が道路に倒れていました。

さっきまで空を飛んでて元気だったカラスが、風船が割れてしまったように死んでしまいました。
自分は今車で轢いて殺してしまったんだと実感しました。

思い返せば思い返すほど、殺してしまった事実を責める気持ちと心が死体に引き寄せられてるような気持ちになりました。
あのとき止まってれば、カラスは生きてて餌を食べて子供を産んで幸せに暮らしてるんだなと思うと、本当にごめんなさいとしか考えられなくなります。

命はすぐになくなってしまうのだということはわかっていましたが、本当に命はすぐになくなってしまうんだと実感しました。
どんな生き物でも、車で跳ねてしまったら、本当に一瞬で死んでしまいます。
それは人間も同じだし、車じゃなくてもどんなところでも死んでしまうことはありえるのです。

自分はこれから一生、ふとしたことで死んだカラスのことを考え続けると思います。
自分はカラスの命とは同じ代償とは言えませんが、それに相当する程の懺悔をしていくと思います。

今日はじいちゃんが網で魚をたくさん取りました。
魚はたくさんいて、みんな生きていました。
用水路に上ってきた魚を下で網で待ち伏せして上から音で威嚇して取っていたのですが、その魚は寒くて用水路に温まりに集まってきたそうです。
これじゃ人間と同じなんじゃないかと思いました。
そう考えると、たくさん取った魚がかわいそうになりました。
取られたらもう死ぬ運命しかないのは、とても辛いと感じました。

そのあとお刺身にしたのですが、弟はその様子を見ていましたが自分は見ることができませんでした。

いただきます、ごちそうさまの意味がわかり、魚にごめんなさいの気持ちとありがとうの気持ちを込めて、食べました。
最新記事
プロフィール

ぽぴおここふぃ

Author:ぽぴおここふぃ
おはようからおやすみまで。

pixiv
カウンター
アクセスカウンター
カウンター2
オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。